Akiapola'au

読んだ本のメモ ネタバレは自衛してください

2023/09

9/16

ロイ・W. ペレット『インド哲学入門』ミネルヴァ書房

西洋哲学の素養がある向きにはとても助かる入門書だと思う。
あと構成がとてもお上手。
まず価値論をやって、価値の中でも最大の価値である解脱を妨げるのは無知だからインド人たちは認識論にもこだわりがあったんだよということで認識論の話をして、
その認識の手段には推論も含まれるからというので論理学の話をして、
かれらの論理学は数学より言語学だったよということで言語学の章が続く、みたいな形で
各論のあいだに有機的なつながりがあるのが読みやすい。いい本です。

アリエル・ドルフマン『死と乙女』岩波文庫

ひりひりする戯曲だ。ぼんやりしていた一幕から拳銃が出てくるあたりでギアが急に変わってもうそこからさきはまばたき禁止というかんじ。増田で「パウリナ・サラスは、ロベルト・ミランダを殺したのだろうか? この増田は、殺したと考えている。(続く)」って書いてたひとは早く続き書いてください!

9/18

青木健『マニ教』講談社選書メチエ

キリスト教の教義は矛盾しているが首尾一貫していて、マニ教の教義は矛盾はしていないのだが首尾一貫していなくて継ぎ接ぎなのだな、と思った。マーニーの来歴はここまで再現できるのか、とおもうと同時に、マーニーの父に対する冷笑的な筆致がちょっときになった。選書だからといってあんまり、ね。吉田量彦の『スピノザ 人間の自由の哲学』にも思ったけど。
よく思うのだが、歴史の本を書いてるひとが論文くらい硬い書きものではないところでよくやってる、歴史上の人物の行動や履歴からその人物の性格をあれこれ論評したりするやつって危険じゃないですか? あらゆる行動にはどんな説明付けもできるし、われわれのあずかり知らない偶然が影響しているはずなので……。当人の日記とか周囲の評価とかが直接残っているのならまだしも*1
これを読んだあと青木が福建省のマニ教の村を訪れたうんぬんかんぬんという記事も読んでみた。かつて大流行したものの千年以上まえに歴史から姿を消したはずの宗教がひっそり生き延びていた……!と聞くとロマンがあるが、現実はやっぱりぜんぜんロマンティックなかんじではないようだ。ロマンはマンダ教とかに託していくか。でもマンダ教は覇権取ってないしなあ。

9/18

鵼の碑が出てみんなはしゃいでるけどおれは京極夏彦をルーガルーしか読んでないから混ざれなくて悔しい! せや! 百鬼夜行シリーズ読んだろ!
→既刊だけで 9,000 ページくらいあるし番外編やら短篇集やら含めたら……ええかげんにせえよ~。

京極夏彦『姑獲鳥の夏』講談社ノベルス

いきなり京極堂が蘊蓄を語りだしてしかもなんか哲学科の学部二年生みたいなことばっかりいってるので大丈夫かこいつ?とおもったが、解決篇に必要な蘊蓄だったんですね。解決篇に必要なら許されるということもなく、当の解決篇がひどい代物なのだからどうしようもないのだが……。
とはいえ、この擁護のしようもない "密室" トリックを成立させるための証言者として榎木津とかいうキャラクターを一人作ってしまう過剰さがたぶん京極夏彦の魅力だ。というか……腕力だ。密室の謎に比べると二十ヶ月妊娠の謎はさすがにしょうもなさがしょうもなさすぎて突っ込む気も失せる。動機は完全に理解不能だが異形の論理はこのくらい意味不明なほうがよいだろう。ちゃんと怖いし。
関口くんが物語に重要なところで関わってくる都合上地の文がかなり朦朧としていて、読みづらいがきらいな雰囲気ではない。にしても関口くんってほんとに京子を っちゃったの? あれも妄想?
犯人指摘後のシーンの美しさというか壮絶さは凄みがあって、この絵が描きたくてぜんぶやったんじゃないかと思える。姑獲鳥は……いたんだ……という気にさせられる。魍魎とか狂骨は事件が主人公で妖怪はパーツというか演出装置だったけど、姑獲鳥の夏はほんとうに姑獲鳥が主人公に感じられるというか……4

9/21

京極夏彦『魍魎の匣』講談社文庫

姑獲鳥の文体からするといきなりキャラ小説みたいな語りになってちょっと残念だが、そのぶん事件の密度がえげつなくて厚みほどの長さを感じなかった。
加菜子を突き落とした犯人についてはそれありなんだというかんじだが、めずらしく犯人特定にロジックが使われているし、こんなところからすべての事件の起点になる複雑さが出てくるのがおもしろいといえばおもしろい。
バラバラ死体が出てくるせいで事件も単一の(犯人や意図を持つ)事件がバラバラにされているのかと思いきやじつは群盲が撫でていたのは象ではなくキマイラだったというのがすっとぼけたプロットだ。とくにバラバラ連続殺人の動機はほんとうにすごい。常人では思いつかないだろ、この性癖は……。でもスイカゲームの終盤とかはほとんど魍魎の匣かもしれない。みつしり。
詰め込んだアイディアの質・量とも申し分ないし刑事木場の物語として筋が通っているのでただの異常者が作った異常なパズルに止まらない。さすがに傑作だ。5

9/22

母袋夏生編『砂漠の林檎』河出書房新社

ショアともユダヤ人差別ともパレスチナ問題とも関係のない小説がほとんどなくて、あんまりあくちゅありちーのある小説が読みたかったわけではないわたしとしてはそうか……となってしまった。というかわたしは書いてる人の属性や経歴と小説の中身にできるだけ関係がなければないほど嬉しいと思ってるタイプなんだよな。題材がシリアスだとあからさまにけなすのも気が引けるが、面白くなく書かれてるものは面白くないとしかいいようがないので遠慮してもしょうがない。「ビジネス」は例外的に面白かった。3

9/23

ナターリヤ・ソコローワ『旅に出る時ほほえみを』白水社 u ブックス

おもしろいとはまぁいえないが、独裁体制の話なのにみょうにほのぼのしている。『断頭台への招待』みたいだ。3

9/24

京極夏彦『狂骨の夢』講談社文庫

冒頭五ページでああ立川流の話か、と見当が付いてしまい、風神録をやっていたせいであれやこれやこともそこそこ詳しかったうえ、わたしじしんが朱美とおなじアレを持ってるので……怒涛度でいえば魍魎と変わらないだろうが、あんまり驚けなかった。とはいえファンタジックな要素はもっともすくないので本格として読んでる人(そんなやついるのか?)にはいちばん評価しやすいだろう。ラストシーンは爽快だ。3

9/28

ダン・シモンズ『愛死』角川文庫

シモンズは筆力の作家だ。ディテールとか事実へのこだわりとか設定間の齟齬のなさでいえば文句のつけようがない。

「真夜中のエントロピー・ベッド」
妻と息子を事故で失った保険屋が娘とウィンタースポーツしに来ている。保険屋はリスクを計算し、管理するのが仕事だが、人生はそう単純ではない。危険な遊びに心穏やかではないが、そこに生の不思議さを感じる。
いい話だけど時系列を入れ替えてサスペンスを出すみたいなやり方するんだというかんじ。ラッセルの「オレンジ色の世界」も似たようなテーマだよね。4

「バンコクに死す」 タイの闇風俗で好きだった友達が殺されたから二十年後にエイズに罹ってから再訪して伝染させて復讐する同性愛者って現代では到底許されないプロットだろ。
これもまた時系列シャッフルで興味を保せている。3

「歯のある女と寝た話」
よくわからない。クロウリーが書いたっていわれたらよくわかんないけど褒めとかないとわかってないやつ扱いされそうみたいな恐怖感から褒めると思う系の話(どんな話?)だ。2

「フラッシュバック」
過去の体験を追体験できるドラッグが蔓延した未来のアメリカ。
なんかボブ・ショウとかが書いてそうな雰囲気だ(?)。追体験できる体験は記憶のなかにあるのでアルツハイマー患者は妄想を追体験することになる。っていうのがうまい。これは視点をバラして興味を保たせる系。もしかしてシモンズって手札が限られてるのか?3

「大いなる恋人」
塹壕詩人とかれの出会った美しい死神。
調査の手のかけ方にあっぱれと言わざるを得ない。シモンズはほんとうに塹壕で戦ったことあるんちゃうかと思わせる(そんなわけはない)。
ここまで手をかけてなにを伝えたかったかといわれると――この愛は Todestrieb ではなく Lebenstrieb だったということなんでしょうな。3

9/28

相川英輔『黄金蝶を追って』竹書房文庫

性格よさそうな軽い SF 短編集。

「星は沈まない」
昭和の SF? みたいな AI 観にびっくりしてしまうし、たかが小売店の経営にこんな心的に汎用性のある AI を使う理由がわからない。敵(副社長も、酔漢も)の造形もうすっぺらいかんじだ。2

「ハミングバード」
どこを面白がったらいいのかよくわからなかった。2

「日曜日の翌日はいつも」
日曜日と月曜日の間にじぶんだけの一日があったら? という設定と、一日でも他人より多く練習したい学生アスリートという主人公の組み合わせがばっちりあっててよい。そこに罪悪感を絡めることで面白い SF からいい小説になってる。いちばんよかった。でも真っ向勝負の青春恋愛ものでもあるからなんか褒めるの気恥ずかしいみたいな……(褒めるけど……)。5

「黄金蝶を追って」
おおむねよかったけどさいご黄金蝶を見に行く動機付けが達也にもう一回見てみたら大したことないってわかるはずと促されて行くってのがなんか直球すぎて。
あの黄金蝶をもう一回みたらなにか掴めるかも、と一縷の望みをかけて行ってみたらじつは大したことなかったことに気づいた、みたいな組み立てのほうが、アイロニーがあってよかったのではないか。4

「シュン=カン」
……とくに当該 AI に愛着を覚えていないのでなんとも思えなかった。2

「引力」
ノストラダムスもの! って直球なのはじつはあんまり読んだことないな。すべての人類を破壊するやつとかはあるけど。暗い明るさはきらいではない。藤丸作品っぽい。4

*1:日記も周囲の評価も信用ならんというのはこれまた歴史学では常識だけれども。